クリスマスリースのワークショップの開催中でもあり、店内は散らかっている。
ちりめんの布や型紙などがそこかしこにおいてある。
そんな中に来客があると後ろめたい気がする。つい、散らかっている理由などをくどくど述べる羽目になる。
それでも、誰かと居るとほっとする。
律が居なくなって一週間が過ぎた。死を見つめ直す気になった。
あの夜、叫びとも悲鳴ともつかぬような吠え声を聞いて外に出てみると律は背中でのたうち回っていた。
声を挙げ続けながら。
わたくしにはもはやどうすることも出来ないように見えた。
夫が、医者を呼ぶように、と言った。
「こんな夜中に。無理じゃない?」
しかし、電話をすると、獣医の松本先生は、すぐに行くと答えてくれた。
コンクリの上ではあまりに可哀想なのでタオルをかき集めてくるんでやった。
背中で動き回るので止めようがない。
「お願いだから、いい子だから、落ち着いて」
といいながら、それは自分に言い聞かせている言葉だと気づいた。
どう冷静に見ても律の状態が、恢復するとは思えなかった。
松本先生が到着しても、診断は下らなかった。
「ねえ、先生死んじゃうの?」
いや、、、。と言ってはいるが、どうもそれはわたくしに配慮してのこととしか思えなかった。
「ここじゃ可哀想だから、家の中に入れたいんですけど」
先生は抱き上げ方が難しいからと、ひょいと抱き上げて家につれて入った。
座布団に律の体はちょこんと乗っかった。
息子が生まれて初めて帰宅したときも同じ座布団に同じサイズで寝ていたのを思い出した。
「いい子ね。お母さんが悪かったわ。気づいてあげられなくて。ごめんね」
と、しきりに謝ったように思う。
松本先生が横からそれを否定した。わたくしの所為ではないと。
何を言われても気休めにもならなかった。
もう、死がそこまでやって来ていることはほぼ間違いがなかった。少なくともわたくしにはそう見えた。
「ごめんね、痛いね」とだけを繰り返していたように思い出す。
恐らく意識はないから痛みもないと、松本先生はさらにわたくしを慰めるように言った。
それにしても長いなぁ、と医師が言う。
心臓から来ている痙攣だと間もなく収まるはずだという。
「痛い? いい子ね。お願いだからどこが痛いか教えて」
殆ど自分が言っていることがわからなくなっていた。
体中をさすって、ピンと伸びたままの足をこすって、頭をなぜて、耳に触れて。
「熱い。先生、熱があるのね」
これだけ痙攣しているからね。と言われて、医師ももう何処かで危ないと思っているのかもしれないと直感した。
1時過ぎに医師が帰っていったあと、律は少しずつ痙攣が静まる気配だった。
が、それが死への扉だった。
ふーっという声がしたように思った。次の瞬間、こくんと3回首を縦に振って、前足を高く挙げた。
「お父さん、痙攣収まったみたいよ。このまま寝てくれるといいのだけど」
しかし、そのとき既に呼吸は止まっていた。
座布団にちょこんと乗っかって、もう動かなかった。
「どしたの? おっきしなさい。ねえ、りっちゃん」
揺すってももう動かなかった。
ふと、臭いを感じて尻尾を上げてみると血便が出ていた。
もう一度、明日の朝早く見に来るからと、言ってくれた松本医師に再び電話をした。
「今、息を引き取りました」
それでも、もう一度体を揺すって起こそうとしたが無駄だった。
しかたなく、律の体に花模様の綿入れを掛けてやった。
昨日の夜までわたくしが羽織っていた綿入れだった。
花模様がよく似合っていた。まるで眠っているようにかわいらしい顔をしていた。
動いたような気がして、もう一度揺すってみたのだが、そのとき、もう律の体は硬くなり始めていた。
「明日はお散歩行かないの? お母さん一人で行っちゃうよ」
涙は出なかった。
何度も顔をつついたり、体をさすったり、耳に息を吹きかけて名前を呼んだりしたが、わたくしの必死な試みは悉く否定された。
「今夜はここで一緒に寝んねしようね」
夫と、この子が家の中で静かにしているのはこれで癌の手術の日以来だと思い出していた。
「かわいい顔して」
同時に同じ言葉が出た。
「ほんとに、かわいいね。寝んねしてるだけみたい」
「夜中に踏んづけないでね」
と、夫に釘を刺した。もう、動かす気にもなれなかったので、寄り添って寝た。
明くる朝もやはり律は動かなかった。
納得するためにブログに書き込みをした。
そして、張り出し用の文章をプリントした。
お礼とお知らせのつもりでクリアファイルに挟んで律の顔入りの文書をフェンスに貼付けた。
それで、律の死を納得出来たわけでもなかったが、区切りをつけなければ動きが取れないと思った。